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東京地方裁判所 平成7年(ワ)18692号 判決

原告 丸三証券株式会社

右代表者代表取締役 長尾榮次郎

右訴訟代理人弁護士 寺西昭

桃谷惠

被告 共同抵当証券株式会社

右代表者代表取締役 遠藤喬介

右訴訟代理人弁護士 高井章吾

尾﨑達夫

鎌田智

伊藤浩一

主文

一  原告と被告との間において、原告が別紙権利目録≪省略≫一記載の賃借権及び同目録二記載の敷金返還請求権を有することを確認する。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は一五分し、その一を被告の、その余を原告の負担とする。

理由

一  請求原因第1項のうち原告が現在本件建物を占有していること、同第2項、同第5項は当事者間に争いがなく、右争いがない事実に加え、≪証拠省略≫及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。

1  原告は、有価証券の売買、その仲介、取次、代理等を業とする株式会社であるが、北海道帯広市に帯広支店を新規設置すべく、当時総務部長であった訴外長澤久雄において、適当な店舗物件を探していた折、訴外会社が鉄筋コンクリート造七階建てのゴーヒルビルの建設を計画していることを知り、その計画が具体化した平成元年一〇月ころから、訴外会社の常務取締役であった訴外大間知倫との間で賃貸借について交渉を重ねるようになった。

2  原告と訴外会社との交渉において、大間知は、同年一二月ころ、ゴーヒルビルの一階部分全部(そのころの計画では一一二・九五坪)を、賃料月額坪当たり一万五〇〇〇円、敷金坪当たり一五〇万円、期間一五年で賃貸するとの案を示し、これに対し、長澤は、右敷金が近隣の物件と比較して高額であるとして、敷金坪当たり五〇万ないし六〇万円、期間一〇年を提案した。

その後の交渉により、平成二年五月初めころ、長澤と大間知は、賃借面積九八・五八坪、賃料月額一四七万八七〇〇円(坪当たり一万五〇〇〇円)、敷金一億二三二二万五〇〇〇円(坪当たり一二五万円)とする旨の基本的な合意に達し、訴外会社において、賃貸借予約契約書の案を作成し、長澤に提示した。

右の予約契約書案には、ゴーヒルビル竣工時に締結される本契約の概要のうち、敷金については、金一億二三二二万五〇〇〇円を本契約締結時に交付すること、賃貸借終了後、原告が物件の明渡しを完了したと訴外会社において認め、かつ原告の訴外会社に対する一切の債務に右金員を充当した後になお残額があるときには遅滞なく原告に返還すること、賃料が改定されたときは、賃料と同一割合で右敷金も改定されることが記載されていた。

3  この予約契約書案について、長澤は、大間知に対し、敷金として交付する金員を二つに分け、一方は賃料改定にスライドさせるが、他方は賃料改定に影響されないものとし、かつ、賃貸借開始の一〇年後以降に分割で返還することとするよう申し入れた。

ちなみに、敷金を賃料改定にスライドする部分とそうでない部分とに分けるという方式は、原告が過去に原告大阪支店の店舗賃貸借契約において採用した手法である。すなわち、原告と訴外明治生命保険相互会社が昭和六一年七月一日に締結した賃貸借契約上、「敷金A」として賃料(月額四八五万円余)六か月分相当額金二九一三万円余を、「敷金B」として金一億一三二〇万円余を、それぞれ賃借人たる原告が賃貸人たる訴外明治生命保険相互会社に交付するとしたうえで、「敷金A」のみは賃料改定に応じて同率で改定されると定められた例がある。ただし、原告大阪支店の事例では、「敷金A」はもとより、賃料改定に影響されない「敷金B」についても、その返還時期は契約終了による物件明渡後と定められていた。

4  原告と訴外会社とは、約二か月間にわたる交渉の後、平成二年七月一一日ころ、予約契約締結に至った。右の予約契約の契約書においては、先に訴外会社が作成した予約契約書案とは異なり、ゴーヒルビル竣工時に締結される本契約の概要のうち、資金等に関する部分は、「敷金」として賃料の六か月分相当額である金八八五万六〇〇〇円、「保証金」として金一億一四一四万四〇〇〇円を本契約締結時に交付すること、「敷金」「保証金」ともに賃借人たる原告の一切の債務を担保するものであり、いずれも無利息であるが、予約契約書案と同様の返還時期及び賃料改定とのスライド制が定められた「敷金」に対し、「保証金」は、本契約締結日から一〇年間据え置いた後、一〇年の均等割にて原告に返還される旨が記されている。そのほか、予約契約書には、平成三年七月末日に竣工予定のゴーヒルビル一階九八・四〇坪の賃貸借の予約であること、原告が訴外会社に対して予約金三六九〇万円を予約契約締結時に交付すること、右予約金は本契約締結と同時に「敷金」・「保証金」の一部に充当されることなどが記されておる。

5  そこで、原告は、予約契約締結のころ、訴外会社に対し、右予約金三六九〇万円を交付した。

また、平成二年七月二四日、ゴーヒルビル建設工事が開始された。

6  その後、遅くとも平成三年八月一日までにゴーヒルビルがほぼ完成したことから、原告は、右同日、訴外会社との間で本件建物について本件賃貸借契約を締結するとともに、訴外会社からの鍵の引渡しを受けて本件建物の占有を開始した。

本件賃貸借契約においては、予約契約時の合意よりも賃借面積が減り、賃料も月額一三七万二〇〇〇円に減じたことから、賃料の六か月分に相当する「敷金」は金八二三万二〇〇〇円、「保証金」は金一億〇六一五万五〇〇〇円となった。

契約時に原告と訴外会社とが交わした本件賃貸借契約書のうち、敷金等に関する部分は、「敷金」「保証金」ともに賃借人たる原告の一切の債務を担保するものであり、いずれも無利息で、「敷金」については、賃料改定とのスライド制がとられ、契約終了による物件明渡後に返還され、また、「保証金」については、契約締結日から一〇年間据え置いた後、一〇年の均等割にて返還されるとの点においては、予約契約書とほぼ同一の規定がおかれている。もっとも、本件賃貸借契約書において、「敷金」について、「原告に賃料の支払遅滞その他本件賃貸借に基づく債務の不履行または損害賠償債務があるときは、訴外会社は、何らの催告を要せず敷金をこれに充当することができる。ただし、原告は、敷金をもって賃料その他訴外会社に対する債務との相殺を一切主張することができない。」「前項により敷金が原告の債務に充当された場合、原告は、その旨の通知を受けてから五日以内に敷金の不足額を填補しなければならない。」「原告は、敷金に関する債権を第三者に譲渡しまたは担保の用に供してはならない。」との比較的詳細な規定がおかれたが、「保証金」についてはこのような規定がない。

7  原告は、本件賃貸借契約締結のころ、「敷金」「保証金」総額一億一四三八万七〇〇〇円から前記予約金を差し引いた残額を訴外会社に交付した。

8  一方、被告は、原告が本件建物の引渡しを受けた後である平成三年八月二九日、訴外会社から、本件建物を含むゴーヒルビルについて抵当権の設定を受け、同日付でその旨の登記をなし、平成五年三月二日、釧路地方裁判所帯広支部に対してゴーヒルビルの競売を申し立て、同月三日、競売開始決定に基づく差押の登記を経由した。

右競売事件の現況調査報告書には、本件建物を原告が占有しており、返還義務のある敷金等金八二三万二〇〇〇円がある旨が記されているが、本件賃貸借契約書の「保証金」に対応する記載はなく、また、物件明細書には、原告の賃借権は期限の経過により買受人に対抗できないと記されている。

その後、被告は、自ら売却許可決定を受けて平成六年六月二三日に代金を納付し、ゴーヒルビルの所有権を取得した。

9  なお、本件建物に関する抵当権設定あるいは差押の登記等は、いずれも原告が本件建物の引渡しを受けた以後に経由されたものである。

二  以上認定の事実関係のもと、まず、原告の本件建物賃借権について検討するに、前記競売事件の物件明細書には、原告の賃借権が買受人に対抗できないと記載されているが、物件明細書に公信力がないことはいうまでもない。

ところで、原告は、本件建物について抵当権設定あるいは差押の登記等がなかった平成三年八月一日、訴外会社との間で期間二年間として本件賃貸借契約を締結して本件建物の引渡しを受けたものであるところ、その後の更新前に、本件建物について抵当権設定、さらには競売開始決定による差押の登記が経由されている。

しかし、差押の処分制限効は、差押以前からの借家法が適用される建物賃貸借契約の合意による、または、法定の更新には及ばないと解すべきであり、本件賃貸借契約は、期間満了の六か月前までに当事者から別段の意思表示がないときは自動的に二年間更新との特約により、平成五年八月一日、さらには平成七年八月一日に更新されたというべきである。

したがって、被告は、本件建物の買受人として、本件賃貸借契約に基づく賃貸人たる地位を承継したと認められる。

三  次に、原告の敷金返還請求権について検討するに、前記認定のとおり、本件賃貸借契約書において、「敷金」と「保証金」とは明確に区別されており、「敷金」には賃借人たる原告の債務不履行の場合における債務への充当関係について詳細な規定がおかれているのに、「保証金」にはこのような規定がない。しかも、「保証金」は、本件賃貸借契約締結の一〇年後に順次原告に返還されることとなっており、このような定めが設けられた理由の如何を問わず、客観的にみて、賃貸借期間中に賃借人が負担する債務の担保という敷金本来の性質が希薄である。また、「敷金」「保証金」の総額は、賃料月額の実に八三か月分以上に相当する金一億一四三八万七〇〇〇円であり、賃借人が賃貸人に対して負担する債務のうち主要なものが賃料債務であることに照らすと、これらの債務の純然たる担保としては過大であるとの感を否めない。

他方、ゴーヒルビル建設工事の着工前における予約契約締結の際、後に「敷金」「保証金」に充当すべき予約金として、金三六九〇万円もの金員が原告から訴外会社に交付されているうえ、ビル完成のころ、本件賃貸借契約締結に伴い、「敷金」「保証金」の残額が交付されているところ、金員交付の時期及び額からして、訴外会社にとって、「敷金」「保証金」の交付がビル建設資金の負担軽減の効果をもたらすものであることは明らかであり、「保証金」について賃貸借期間の長短と無関係の返還時期が定められていることなどと併せて考えると、賃料月額の六か月分に相当する「敷金」八二三万二〇〇〇円はまさしく敷金であるが、「保証金」一億〇六一五万五〇〇〇円は、ゴーヒルビル建設資金調達の一方法として授受された、ある種の建設協力金であると認められる。

原告は、原告の担当者長澤と訴外会社の担当者大間知との交渉過程においては、常に敷金としての額のみが問題となっており、建設協力金など融資資金に関する交渉は行われておらず、「敷金」「保証金」の区別は、原告側がその大阪支店の事例によって提案し、相互の妥協の結果定められたものであるなどと主張する。

しかし、金一億円以上もの敷金の交付という大間知の当初の要求自体、巨額の敷金によって建設資金を一部調達しようとの意図によるものと認めざるを得ないし、原告大阪支店の事例は、「敷金A」「敷金B」と区分された金員の双方が真実敷金たる性質を有するかどうかはともかく、いずれについても契約終了による物件明渡後に返還すべきものと定められている点において、本件とは事案を異にし、「保証金」が建設協力金であるとの右認定を左右するものではない。

以上のとおり、本件の「保証金」は、その約定が本件賃貸借契約書の中に記載されており、また、賃借人に債務不履行があった場合に一定期間は未払賃料等と相殺処理をし得るという担保的機能が全くないわけではないが、本件賃貸借契約とは別個に消費貸借の目的とされたもので、賃借権の存続と特に密接な関係に立つ敷金とは本質を異にするものであり、本件建物の所有権が被告に移転し、本件賃貸借契約上の賃貸人たる地位が被告に承継されたからといって、特段の合意のない限り、被告は右「保証金」の返還債務を承継しないものといわざるを得ない。

よって、原告が被告に対して有する敷金返還請求権は、別紙権利目録二記載の部分のみである。

なお、敷金返還請求権は、賃借物件明渡までその債権額を確定することができず、したがって、未だ賃借中の本件において、原告が被告に対して不確定期限付の債権として訴求し得ない状態にあるところ、原告の法的地位ないし権利が不安定であることは疑いようがなく、即時確定の利益が認められる。

四  以上の次第で、原告の本訴請求のうち、本件建物賃借権及び別紙物件目録≪省略≫二の敷金返還請求権の確認を求める部分は理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条本文を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 石橋俊一)

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